2001(平成13)年1月30日第1刷
帯付 カバに1点のシミありますが、全体に状態良好です
※ 著者は長年フィレンツェで壁画修復に携わってきた研究者。巨匠たちがどのような足場を組み、どのような順番で漆喰を塗り、一日の作業範囲をどこまでにしたか・・・という、徹底して「職人の視点」から名画を解剖しています。
そもそもフレスコというのは「新鮮な」の意。これは、漆喰が乾く前のわずかな時間(瞬間)に顔料を定着させる技術です。一度壁と一体化した絵は、数百年経っても色褪せず、人々に聖なる物語、つまり神話を繰り返し追体験させるもの、まさに流れる時間を「永遠」のなかに閉じ込める装置なんですよ(ああ、こうして語っていても感動的だ)。
修復家という「現場の証人」である著者だからこそ書ける、巨匠たちの人間臭い裏側について、ちょっとだけお話ししておくと・・・何百年もの間崇められてきた名画も、数センチの距離で向き合う修復家にとっては、当時の絵師たちの「焦り」や「妥協」が透けて見える「ナマモノ」なんですね。先に述べたとおり、フレスコ画は、塗った漆喰が乾くまでの数時間が勝負ですから、その日描く分だけ漆喰を塗る範囲を「ジョルナータ」(一日分)と呼ぶ。じつは修復中に壁を斜めから見ると、ジョルナータの境目が段差として見えちゃうんですね。あるいは、巨匠たちも期限が迫って急いでいたのか、はたまた体調が悪かったのか、顔のような重要な部分は丁寧に塗られているのに、背景や足元になると、明らかにジョルナータの面積が広くなり、筆致が荒くなっている「手抜きの跡」が発見されることもあるそうです。
また、フレスコは水に溶いた顔料を使いますが、金箔や高価なラピスラズリ(青)は、漆喰が乾いた後に卵の白身などで接着する「ア・セッコ」という技法で塗られる。ところが長い年月の間に、この後付けの部分だけがポロポロと剥がれ落ち、下書きが露出してしまうことがあるんだとか。さらに、修復の過程で「もともとこの聖母の服は、完成当時はもっと派手な装飾だったはずだ」といった、当時の注文主との「見栄」のやり取りが判明することもあるそうで。おまけに、地上からは絶対に見えない高い場所の壁画に、当時の画家や助手たちが残した小さな「遊び」が見つかることがあって、聖人の衣服の模様のなかに、こっそり自分の名前や、あるいは当時のライバルへのちょっとした皮肉が隠されていることも(笑)
描き損じを削り取って塗り直した跡や、完成後に注文主から「もっとこうしてくれ」と言われて無理やり修正した跡も、X線調査や修復作業ではっきりとあらわれる・・・いかがです? こうした細部からは、当時の巨匠たちの、「足場の上で汗を流し、愚痴をこぼしながら働くひとりの職人」という真の姿が浮かびあがってきませんか?(Ho)